モンゴメリの足跡を訪ねて

PEI 編

ビディフォード Bideford

シャーロットタウンのプリンス・オブ・ウェールズ・カレッジで教師となる勉強を終え、初めて赴任したのがビディフォードです。 この村のワンルーム・スクールで、1894年〜1895年の1年間教鞭をとりました。 その時に下宿したメソジスト派の牧師館が、当時の様子そのままに修復され、パーソネージュ博物館として一般公開されています。
長い年月に渡って様々な人が住まい、その度に改修がなされたため、すっかり昔の様子は失われていましたが、それを1つ1つ丁寧に修復し、元の姿を取り戻しました。 外観はもちろん、何重にも貼り重ねられた壁紙も丁寧にはがされたそうです。

修復前。1998年にモンゴメリゆかりの地を探した時に見つけた家は、庇の装飾も外され、テラスも改築され、資料にあったモンゴメリの時代の外観とは全く違うものになっていました。

モンゴメリの下宿した2階の部屋。

海の見える窓辺。 ここでアンの物語が綴られたのでしょうね。

ビディフォード・スクール跡

学校のあった場所は、現在ではピクニック・サイトになっています。

この地を開拓した人たちの記念碑

ベルモント Belmont

ハリファックスで勉強するための資金が不足したため、モンゴメリは教職に戻ります。 1886年~1887年に教えたベルモントの校舎は残されていません。 仲のよい友達にもめったに会えないベルモントでの日々は、あまり楽しいものではなかったようです。

シンプソン家: ベルモントに来たばかりの時に滞在した家。フレイザー家に移ってからも、時々シンプソン家を訪れました。モンゴメリは、ベルモントでの辛く寂しい日々から逃れるように、この家の息子エドウィン・シンプソンと婚約しますが、愛していない人との将来を考えることができず婚約を解消します。

フレイザー家: ベルモントでの下宿先。 日々の仕事に疲れきっていたモンゴメリですが、毎朝1時間早く起きて執筆を続けました。寒い時期には厚いコートを着て執筆したと、日誌に残されています。 
お願い: ベルモントのこれらの家は、一般のご家庭ですので、敷地に入ることはご遠慮ください。

ロワー・ベデック Lower Bedeque

ハリファックスのダルハウジ大学で学び、ベルモントで教えた後で、1897年~1898年に赴任した学校。 ワンルームスクールは、当時の教室内を再現しており、夏期のみ公開されています。
この地でモンゴメリは、リアード家に下宿します。 そして、リアード家の息子、ハーマンと恋に落ちます。
しかし情熱的な心とはうらはらに、彼女は、身分の違い、ハーマンの学識のなさから、ハーマンと結婚することはできないと感じていました。


ワンルーム・スクールの室内


ハーマンのお墓がある墓地。
モンゴメリがキャベンディッシュへ戻った後、ハーマンは流行り病で亡くなってしまいます。 そのことからハーマンは「恋の病で亡くなった」と言われています。


リアード家の墓石。ハーマンの刻名もあります。